「あ~、やってしまった・・・・」

人間は「経済合理性」に基づき動く生命である。

否、無駄な動きをするからこそ人間である。だからこそ「経済非合理性」なのだ。

経済学が生んだ経済合理性という考え方

無駄な動きも様々なことが考えられます。体に悪いのは分かっているがやめられないジャンクフード(#^.^#)

経済合理性で考えたらば、ジャンクフードや高カロリー摂取でどんどん太って数十万支払って「RIZAP」に行くなんてありえない!!!

経済人またはホモ・エコノミクスとは、もっぱら経済的合理性のみに基づいて個人主義的に行動する、とした(と想定した)人間像のこと(Wikipediaより参照)
「経済人」というモデルは、経済学が成立するにあたっては一定の成功を収めてきたが、実際の人間の行動は従来の経済学が想定してきたほどには「経済合理的」ではない

人間は「経済人」という想定・モデルでは説明できない種類の経済活動も行い、しばしば損得を度外視する価値観を抱き行動を選択し、また自分個人よりも集団・社会を重視したり、他者のほうを尊び自分を捨て利他的行動を選択することもある。

そうした現象が無視できなくなると、経済学者は「人は経済合理性を求めているはずだ」という仮定・前提を引きずりつつ「限定合理性」という用語・概念を作りだして分析するようになった。

また別角度からは「利他性」という用語・概念を用いて分析されるようになった。

さらには、実際の観察や実験によって、実際の人間の行動はそもそも根本的に「経済合理性」といった軸や理屈ではなく、根本的にかなり異なった形で人間の心に立ち現れて心理的・情的に選択されている、ということが明らかになり、行動経済学という分野で、実際の観察および心理学や認知科学の知識を基盤として研究されるようになってきている。(Wikipediaより参照)

経済学においては合理性に基づき経済活動を行うことが大前提。

正しい判断ができればそりゃ一番合理的なハズ。

1か月一生懸命働いた給料や事業のお金を合理的ならば散財せずに貯蓄するはず。しかし、Amazonでクリックやらゲームで散財することもちらほら。必ずしもすべての行動が「合理的」でないこと。

人間の心理的・感情的なものが揺れ動き、気が付けば消費(浪費)していることがあります。

買って後悔することなんてざらですよね\(゜ロ\)(/ロ゜)/

経済非合理性とセルフ・コントール

芸能人の不倫騒動、コンプラ的にアウト!なんてことも。幾多の芸能人が不倫騒動で社会的制裁を受けたか実際の金額は分かりませんが、理性で分かっているのか、感情がリミットを超えたのか、気が付けばマスコミに証拠を握られ週刊誌で「あれまー」です(´;ω;`)ウゥゥ

経済合理性という脳で高ぶる感情を抑え込めたら、、、「ばれなければ・・・」という心理的背景があったかもしれませんが、非合理的なことをやっちゃった・・・事例なんて山ほどあるのにそれでも行動するのが「理屈」じゃないんですね(;゚Д゚)

他人の失敗から学べ!

損得勘定の判断は、お金や時間が合理的な基準になります。合理的な基準によりセルフ・コントロール(自己抑制)できれば意思決定の判断は「やらない」ということになりますが、お金や時間を振り切って「感情」が動くと「やります」の意思決定が瞬時に動き出します。動く理由が利他的ならば、自分の「得」だけでないという妙な「言い訳」や「理論」ものかってきます(;^_^A

ある人から見ればそれは「煩悩」や「欲望」だろう。

当事者から見ればそれは「純粋」か、「わかっちゃいるけどやめられない」ということか・・・

何人しても人には、「心のくせ」や「心の遊び」がありますね。誰かを悲しませるのも自分が苦しむのも決断次第か・・・(; ・`д・´)

お寺のお坊様は煩悩を捨てるためにも更なる修行している(と、勝手な想像ですが)のに、一般人の我らが煩悩を抑えるためにもセルフ・コントロールのトレーニングは大事かもしれません。

経済非合理性がすべてが否定されるものでもありません。当選確率は分からないが宝くじを買って当選日まで待っているというのも、経済非合理性と思いきや当事者にとってみれば楽しみでありささやかではあるが人生を彩るひとつの遊びだ。まして当たれば超ラッキー!\(◎o◎)/!

趣味や嗜好は、他者から見れば「え?」ってなるかもしれませんが当事者にとってみれば「人生の楽しみ」なんてこともあります。

人間は、時間をどのようにして使うかということが幸せのポイントですね\(◎o◎)/!

あとがき

経済合理性だけの行動は、確かに論理的で無駄のない動き。

しかし、無駄と言われることも人間としては大事かもしれません。

たまには「人間らしく」「人間くさく」も必要だ・・・\(◎o◎)/!