考えれば考えるほど結論がでない・・・

起こりうることの確立は分からないが「万が一」を想像する・・・

行動、決断、思考、選択・・・日々、いろんなことを考える脳と心理バイアス。

私たち現代人は、シンプルに疲れている。自らの思考と外界状況の掛け合わせにより、知的度が増すにつれより物事の捉え方複雑にしていく・・・\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?

思考の掛け合わせが複雑さを生む?

人の本質に「損をしたくない」という概念があるのか、物事を複雑にとらえるのはなぜだろう。

現代人は大量の情報を取得することができます。スマートフォンの検索一つであらゆる情報の収集が可能。情報は思考をするうえでとても重要ですがイメージが膨らむとますます脳は勝手にストーリを描き出す。

情報と思考の掛け合わせでさらに複雑さを生んでいく。複雑さの先には、考えることをやめる「脳」が出てきます。そう、選択・決定の「先送り」\(゜ロ\)(/ロ゜)/

古代ギリシアのソクラテスが「問答法」により、質問で質問で徹底的に私たちの思考のロジックの矛盾をたたきこわしてくれたらとてもすごいシンプルな本質が出るように思います。

ソクラテス曰く「それ、考える必要ないんじゃねー?」とか言われそうだが・・・(´;ω;`)ウゥゥ

しかし、なぜこんなにも考える必要があるのか。単純に考えたら「未来のこと」と「過去のこと」を考えることが多いですね。「未来のこと」は、これからやること。「過去のこと」は、ほぼ失敗の反省か。

「未来のこと」は、まだ実現していない、これから起こりうる未来を予測する。いや、ほんとに未来のこと当てられたら本当すげーわ(゚д゚)!

「過去のこと」は、既に起こった事実。リアルタイムで問題を解決していたらリカバリータイムでもあります。何事もなければ「過去のこと」にすら思考の概念に入ってこないので起こるまでリリース(*´з`)

守りに入ると、なぜだか損失が大きくなる・・・”(-“”-)”

主観と客観を行ったり来たり

複雑思考のうむ問題に、その問題に「入り込む」、または「落ちる」ことも大きな問題です。

まわりが見えなくなるので、最善の判断の思考が「自分の中」にある主観が大きな問題。

客観的に捉えることが出来るかどうか、複雑思考のバイアスの回避を避けるためにも必要な意識。

小さい子供は主観的な判断や行動しかできない。(自分が楽しければよい)

大人な私たちに主観を上回る客観があるかどうか・・・

「私(俺)、自身ねーわぁ」(‘◇’)ゞ

他人の相談には、ものすごく冷静・冷徹で適格な返しをするのに、自分事になると複雑に絡み合う思考にグダグダになる私たち。

しかし、古代の人間の「生き抜く」という本能を最大限に活用したら、「最善の方法を考える(行動する)力」はあるはずだ。私たちの生き抜く本能の危険回避能力に頼りたい(うまく機能すればよいが・・・)

想像する問題の8割は起こらない、ということも聞いたことがあります。とても不安を感じる人は、様々な未来を想定し起こりうる問題を様々な角度で検証し答えを出すことも心理的なバイアスを回避する方法でもありますしね。

主観と客観の行き来を意識する。問題を自分事でなく、他人事と捉えるのも複雑思考の罠を回避する方法の一つです。

あとがき

古代ギリシアの哲学者プロタゴラスの「人間は万物の尺度である」と。

価値観は人それぞれ。

起こることも捉え方も人それぞれ。この記事を書いている私も複雑思考・・・・(笑)